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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第3節 キューピッドの矢の行方 [4]




 里奈が私に会いたがっている。それは以前にも聞いた。私はどうなのかとツバサに問われもした。その問いに、答えてはいない。
「美鶴にとっては迷惑な話なんだろうけどさ、シロちゃんが会いたいって言ってるから、それを無視するのも可哀想だと思って」
 そこでツバサは軽くため息を漏らす。
「うん、自分ではさ、シロちゃんの為だって思ってた。でも金本くんの言葉を聞いて、本当はどうなんだろうって思ってさ」
 腰掛ける膝の上で、両手の指を絡み合わせては解いてみる。
「本当はさ、コウに嫌われたくないから、だからシロちゃんを助けてあげてるだけなのかもしれないって」
 美鶴の家を探してくれないかと、ツバサはコウに頼まれた。ツバサはそれを承知した。
 コウは里奈の事を、今は何とも思っていないと断言した。だが、言いながらも里奈に協力してやってくれと言うコウ。
 シロちゃんからの頼みごとを断ったら、そんな事がコウにバレたら、私はコウに嫌われてしまうかもしれない。
「私って、やっぱりダメな人間なのかもしれない」
 美鶴は答えられない。
 ツバサはまたもがいている。
 自分の身の内に巣くう、緑色のおぞましい異物。そんなモノが、ひょっとしたらツバサの内にも潜んでいるのか?
 美鶴は、その異物に何度も飲み込まれそうになる。じゃあ、ツバサは?
 飲み込まれそうになっても、ツバサは何度もそのような存在を跳ね除けてきたのだろう。
 そう思うと、なんとなく癪にも感じた。
「里奈と私の事なんて、あんたには関係ないじゃん。里奈の頼みをきく必要はないんじゃない?」
 ワザと冷たく言ってやると、ツバサはゆるゆると首を振った。
「でもきっと、無視なんてできないんだと思う」
「なんで?」
「たぶん、そういう人間にはなりたくないから」
 なりたい自分。
 ツバサは求めている。なりたい自分を。そのせいでツバサは必要以上に悩んでいるはずなのに、傍から見たらとっても損な事ばかりを背負っているようにも見えるのに、美鶴はその姿を綺麗だと思った。
 なりたい自分。したい事。
 それらを求めなければ、美鶴は、また同じところへ戻ってしまうのだろうか?
「ホント、ごめんね。またグチった」
 ハハッと乾いた声を出すツバサ。
「でも、お兄ちゃんの事とかまで知ってるのって美鶴だけだから、ここまで話せる人って他にいなくって」
「蔦は?」
「言ってない」
「私に話したところで何の得にもならないと思うが」
「聞いてくれるだけでも得してるよ」
「こちらは―――」
 迷惑なだけだ。と言おうとして、だが言葉に詰まってしまう。
 今までの美鶴なら迷わずそう答えていただろう。他人と関わるなど無意味なだけだ。他人など面倒なだけだ。(うざ)ったいだけだ。
 なのになぜ? なぜ自分は今ここで、こうしてツバサの話を聞いているのだろうか?
 霞流の事を諦めるべきか。それとも―――
 その答えが欲しかった。
 自分一人で、頭の中で一生懸命考えていても出なかった答え。
 自分はどうしたいのか? 何がしたいのか?
 美鶴はツバサの顔を見、そして今度は空を見た。
 霞流さんに振られて、それでも諦めきれない自分。霞流さんの事をどれだけ想っているのか、自分でも断言できないくらいに曖昧なのに、それでも未練たらしく霞流さんの事を知りたいと思ってしまう。
 情けない。
 でも、諦めきれないからって、だったらどうすれば?
 そこで美鶴は息を吸った。
 目の前を落葉が流れる。なのになぜだか時が止まったかのような錯覚。
 私は霞流さんに振られた、のか?
 ゆるゆると戻ってくる世界の時間。ありふれた秋の午後。穏やかな景色が少し憂いを纏って静かに広がる。黄色や茶色がチラチラと舞う。
 そうか。うん、まずはそれしかないんだよな。
 でも、自分にできるだろうか?
 イチョウが一枚、目の前を横切った。まるで流し目をチラリと投げては気障っぽく意味ありげに背を向ける異性のよう。その姿に、薄色の髪が淡く重なる。細く切れた瞳が、肩越しに笑った。
 いっその事、玉砕してしまった方が楽なのかもしれないな。でもそれって、つまりは澤村の時と同じだよね。
 イジイジ悩みたくない。そう思って勇気を出して告白して―――
 今度もまた惨めに散って、そうしてまた世間に背を向けて閉じこもりたくなってしまうかもしれない。だけれども―――
 美鶴はゆっくりと立ち上がり、そうして形式的にスカートを(はた)いた。
「じゃあ、話は聞いたという事で、私は用無しだな」
「あ、用無しだなんて」
 否定しようとするツバサの言葉を右手で遮り、鞄を持ち直す。
「でも、もう話は終わりでしょ? ごめん、私は用事があるから」
「あ、あぁ」
 話を聞いてくれてありがとう、と続けるツバサに背を向け、そうして大股で歩き出す。その肩を、イチョウがサラリと撫でていった。





 田代里奈の姿に、聡はしばらく動けなかった。
 なんでこうもコイツと鉢合わせるんだよっ!
 オドオドと瞳を泳がせる姿に、苛立ちが一気に沸騰する。
 コイツ、懲りもせずにまた美鶴に会いにきたのか。涼木はいないみたいだから、一人で来たんだな。まったく、臆病で一人じゃ何にもできないクセに、なんだってこういうところはしつこいんだよ。







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